全米シニアオープンゴルフ2016 最終日はサスペンデッド 賞金額は?
オリンピックもいいですが、ゴルフファンとしてはやはりメジャーは見逃せません。
先週末、全米シニアオープンゴルフがオハイオ州コロンバス、サイオトCCで開催されています。
シニアのメジャーの最高峰とも言うべき、全米シニアオープン選手権は14日、悪天候のため、サスペンデッドとなり最終日は15日に順延となりました。
第3ラウンドまでのスコアは、23位スタートの崎山武志は74とスコアを落とし、通算+7の217で27位に後退。室田淳は79と崩れて通算+16、226で62位。
三日目が終わっての首位は、この日69で回ったミゲルアンヘル・ヒメネス(スペイン)が通算-3アンダーの207で首位に立っています。
三日目終了時成績は、次の通り。
1位 -3 ミゲル・アンヘル・ヒメネス 68 70 69
2位 -2 ジーン・サワーズ 68 69 71
3位 +1 ビリー・メイフェア 69 67 75
3位 +1 ローレン・ロバーツ 73 68 70
3位 +1 イアン・ウーズナム 69 72 70
6位 +2 マイケル・アレン 68 71 73
6位 +2 グレン・デイ 68 70 74
6位 +2 ジョーイ・シンデラー 69 66 77
6位 +2 スコット・ダンラップ 73 70 69
6位 +2 ジョー・デュラント 75 67 70
6位 +2 ベルンハルト・ランガー 73 70 69
6位 +2 デビッド・フロスト 71 73 68
13位 +3 ジェフ・マガート 70 71 72
27位 +7 崎山武志 69 74 74
62位 +16 室田 淳 73 74 79
さて、過去の全米シニアオープンの優勝者・スコア・賞金額などを一覧にしてみました。
2015年 ジェフ・マガート デル・パソCC 270 (-10) 500,000
2014年 コリン・モンゴメリー オークツリー・ナショナル 279 (–5) 500,000
2013年 ケニー・ペリー オマハ・カントリークラブ 267 (−13) 500,000
2012年 ロジャー・チャップマン インディアンウッドG&CC 270 (−10) 500,000
2011年 オリン・ブラウン インバーネス・クラブ 269 (−15) 500,000
2010年 ベルンハルト・ランガー サハリーCC 272 (−8) 470,000
2009年 フレッド・ファンク クルックド・スティックGC 268 (−20) 470,000
2008年 エドアルド・ロメロ ブロードモアGC 274 (−6) 470,000
2007年 ブラッド・ブライアント ウィスリング・ストレイツ 282 (−6) 470,000
2006年 アレン・ドイル (2) プレーリーデューンズGC 272 (−8) 470,000
2005年 アレン・ドイル NCRCCサウスコース 274 (−10) 470,000
2004年 ピーター・ヤコブセン ベルーフCC 272 (−12) 470,000
2003年 ブルース・リツキー インバーネス・クラブ 207 (−6) 470,000
2002年 ドン・プーリー ケイブスバレーGC 274 (−10) 450,000
2001年 ブルース・フライシャー セーラムCC 280 (E) 430,000
2000年 ヘール・アーウィン (2) ソーコンバレーCC 267 (−17) 400,000
1999年 デイブ・アイケルバーガー デモインG&CC 281 (−7) 315,000
1998年 ヘール・アーウィン リベラCC 285 (+1) 267,500
1997年 グラハム・マーシュ オリンピアフィールズCC 280 (E) 232,500
1996年 デーブ・ストックトン カンタベリーGC 277 (−11) 212,500
1995年 トム・ワイスコフ コングレッショナル 275 (−13) 175,000
1994年 サイモン・ホブデー パインハースト・リゾート 274 (−10) 145,000
1993年 ジャック・ニクラス (2) チェリー・ヒルズCC 278 (−6) 135,330
1992年 ラリー・ラオレッティ ソーコンバレーCC 275 (−9) 130,000
1991年 ジャック・ニクラス オークランド・ヒルズCC 282 (+2) 110,000
1990年 リー・トレビノ リッジウッドCC 275 (−13) 90,000
1989年 オービル・ムーディー ローレルバレーGC 279 (−9) 80,000
1988年 ゲーリー・プレーヤー (2) メディナCC No. 3 288 (E) 65,000
1987年 ゲーリー・プレーヤー ブルックローンCC 270 (−14) 47,000
1986年 デール・ダグラス サイオトCC 279 (−9) 42,500
1985年 ミラー・バーバー (3) エッジウッド・タホGC 285 (−3) 40,199
1984年 ミラー・バーバー オークヒルCC 286 (−2) 36,448
1983年 ビリー・キャスパー ヘイゼルティン・ナショナルGC 288 (+4) 30,566
1982年 ミラー・バーバー ポートランドGC 282 (−2) 28,648
1981年 アーノルド・パーマー オークランドヒルズCC 289 (+9) 26,000
1980年 ロベルト・デ・ビセンゾ ウィンゲッドフットGC 285 (+1) 20,000
それにしても、全米シニアオープンがスタートしたのが、1980年。1980年と言えば、ジャック・ニクラウスと青木功が死闘を演じたバルタスロルで全米オープンが開催された年でした。
当時のシニアオープンの賞金額を見てみると、なんと2万ドル。いや、たったの二百万円(現在価値ですが)なんですね。
ちなみに、リオデジャネイロオリンピックの金メダルは、初日にホールインワンを達成した、ジャスティン・ローズでした。彼にとっては、金メダルとホールインワンという
オリンピックでの記録を残したことで、最高の大会となりました。